ぐうたら主婦の備忘録

シマナミ(30代前半)。発達障害の3人兄弟の育児に奮闘中。楽しく笑顔で過ごせるように、自分なりの支援の紹介や困難な事や苦労していることも書いていきます。

歯止めの効かないイライラと親の呪縛。

長男、昨日に引き続き本日も試合です。
私、本日も仕事です。
シマナミです。


長男が頑張っているスポ少の試合なんですが、両日仕事で行けません(涙)
まだ入って数か月の長男ですが、何と!!昨日、試合デビューしたとのこと!!
あぁ~よりによって試合日と休日出勤日が重なるなんて…。
再来週の試合は応援に行けるので、今回の分もしっかり応援してこよう!




さて。
今日は重いですよ。
タイトルからしてズッシリきてますねー。
でもこれ、私が変わる重要なポイントなんじゃないかって思ったんで書きます。
ズラズラ書かせていただきます。




私は、長男も次男も三男も。
本当に愛してるし何より大事です。
これ、大前提でのお話しです。



私は短気です。そして気が強い。
毎日、子育てのイライラが半端ないです。
まぁでも、「育児にイライラは付き物。イライラしないお母さんなんてほとんどいない。」
その通りだと思います。
でも、多くのお母さんは自分のイライラや怒りをコントロールできるんだろうなと思う。


私はそれができない。


相手は子ども。
わかっているのにイライラを止められない。
怒鳴る。物に当たる。ネチネチ説教をたれる。
こんなん最低やって毎回反省して、今度からは冷静に…。って自分に言い聞かす。
でも、やっぱり止められない。


子ども達のことは、本当に本当に大好きで大切なのに、なんでこんな歯止めが効かないんだろう。
毎日毎日、自分を責めて子どもの寝顔に謝るばかり。



でも、最近こんな本にバッタリと出会ったんです。

こういう本、基本読まない。買わない。そう決めています。
読んだところで何も変わらないから。
「そうそう!そうなんだよね~」と共感で終わってしまう。


でも、この本の紹介文にあったこの言葉…

娘を愛してるのに、イライラが止まらない。
悩み続けて気づいたのは、心の奥底にある両親への怒り。
母と私と娘のダメ母克服コミックエッセイ。


これを読んですぐに購入ボタン、押してました。

両親への怒り。

思い当たる節がまぁありすぎて。



本が届いて一気に読みました。
うん、やっぱ親が子どもに与える影響って半端ない。
子どもの人生ばかりじゃない、孫の人生まで変えてしまうんだ。
親の呪縛は連鎖する。
そしてその呪縛から解放されるのは、早々簡単な事じゃない。


どうしよう、どうしたらいい?


本には、呪縛から解放されるための最後の目標は
【自分が親に対してどう思っていたか、どうして欲しかったのかを、親本人に話すこと】
とありましたが、それは私には無理です。
今更そんな話しようと思わないし、できるわけがありません。
だって、親と話すのは苦手です。世間話ですらキツイ。


なら、ここで吐き出そう。
溜めているよりはよっぽどいいかも。


すんません。
ずっと思ってきた事、我慢してきた事、言いたくても言えなかった事など、ダーっと吐き出させてください。
長いです。長いですよ…。



▼「お姉ちゃんだから」「お姉ちゃんでしょ。」と言われ続けてきた
→この話を両親にすると、「お前には色々してやったんだぞ。なんでも新品を与えたし。」と言われるが、親が子に色々してやって当たり前じゃん。って今思う。
これは相当嫌だったから、長男や次男には絶対に「お兄ちゃんだから」とは言わない。


▼母はイライラしている事が多く、母の思い通りに動かないと頭をぶたれた
→自分の子どもがアスぺ・ADHDだってわかって色々調べていく中で、私自身ADHDなんじゃないかと思うようになった。
好きな事にはとことん集中してやるが、苦手な事や興味の無いことには全く集中できないし、じっとしているのが苦痛。
保育園のとき、たしか一人で勝手に家に帰ってしまったことがあるらしい。私は全然覚えていないけど。
片付けができない。一つの事をやっていても、途中で(あれやらないといけないんだった!)と違う事に手を付けてしまう。
などなど…。
もしほんとにそうだったら、母の行動は最低だ。まぁ、ADHDじゃなくても子どもが思い通りに動かないからって叩くのは最低だよね。
何で今ぶたれないといけないのかわからない事も多々あった。
「何でお前は、こんなダメな子なんだ!!」と言われながら、部屋の隅で何度もぶたれたのはよく覚えている。
自分がぶたれて育ってきたからか、長男が小さいときは言う事を聞かないと頭を叩いてしまっていた。本当に長男には謝っても謝っても足らない。今は叩くことは絶対にしない。カッとなって手が出そうになることたくさんあるけど、叩くことは絶対にしないってグッと抑える。


▼母=仕事。そして母に遊んでもらった記憶が全くない
→母は医療従事者で、とても忙しい人だ。それは、私が産まれたときから変わらない。
私が保育園拒否をして途中退園したときも、母は私を連れて仕事に行っていた。母が仕事をしている間、私はガーゼを畳んだりしていた記憶がうっすらとある。
体調が悪かったとき布団で寝かしてもらってたんだけど、覗きにきた母の同僚らしき人に「職場に連れてきて…。みんな仕事してんのに邪魔なんだよね~」みたいな事を母がいないとき、狭い空間で顔を近づけて言われた覚えがある。怖かった…。
あ、あとすごく覚えているのが、小4の秋だったと思う。学校で芋掘りがあった日だ。芋掘りを終えて教室に行ったら、友達に顔が赤いと指摘された。そういえば怠いしと保健室に行ったら熱があって、迎えにきた母に連れられて帰宅。
熱も下がらず咳も酷くなってきたけど、母はやっぱり仕事仕事で病院に連れて行ってもらえず家で何日か寝てたっけ。
そんな時に現れた救世主、妹様。
仕事で病院行けないし…という母に、当時1年生の妹、「仕事ばっかり言ってないで病院連れていきなよ!苦しそうだよ!」というようなことを母にガツンと意見してくれたのである。妹に言われてやっと連れて行ってもらった病院で肺炎と言われ即入院。
妹よ…今の私があるのは貴方のおかげだ。
母は当時夜勤もしていたし、休みの日も家事をやっつけたりと忙しそうで、私は子どもの頃に母に遊んでもらった記憶がない。
だからかわからないけど、私は子どもと遊ぶのが苦手だ。何をどうやって遊べばいいのかわからない。
子どもと遊ぶのが嫌いなんじゃなくて、どうやって遊べばいいのかわからないから苦手。
でもこのままじゃ、子どもが親になったときにも遊び方がわからなくて困るだろう。仕事も家事もしないといけないけど、極力子どもの話を聞いたり手遊びしたり、一緒に本を読んだりするようにはしている。
けど、みんな子どもと一緒に遊ぶって、どうやっているんだろう。今一番気になっているランキングTOPかもしれない。


▼母の理想を押し付けられていたロボット
→母は、昔からきっと理想の高い人間なんだと思う。そして、その理想を押し付けられていた。
「あれしなさい!」「なんでもっとこうできないの!?」「他の子はちゃんとやってるのに、どうしてできないの!?」
”私の子どもは優れた良い子。”
そんな風に周りに映って欲しかったのだろう…。子どもの頃、よく母に「私はロボットじゃない!!」言っていた記憶がある。
まぁ、そんな事で変わる母ではなかったが。
部活、勉強、受験…。母の期待に応えなくてはダメなんだ、失敗してはダメなんだと、無意識のうちに必死だったのかもしれない。
ある日、母にまたグチグチネチネチと言われていたとき、プツンと限界値を超えて着の身着のまま家を出た。そして今に至る。
まぁ、あのとき家を出たのは正解だったんだと改めて思う。私と両親には一定以上の距離が必要なんだ。


▼父はよく遊んでくれたけど、怒ると暴言や暴力で抑え付ける人だった
→本当にこれがすごく嫌だった。
父を怒らせたり父の言う事に反発しようものなら、すかさずビンタが飛んでくる。
お腹にパンチが飛んでくる。
足首、膝、太ももに蹴りを入れられたこともある。
そして「ふざけてると殺すぞ。」なんて言葉も飛んでくる。
「殺すぞ」って何回言われたかも覚えてないや。
実の親に「殺すぞ」って言われる子どもの気持ち、考えたことあるのかね。
このせいか、今でも父と話すときには顔色を窺ってしまうし本音で思いっきり話すことはできない。


▼母は父の暴言暴力から庇ってはくれなかった
→もし、トドが子どもに「殺すぞ」なんてことを言ったら、すぐに私は家を出る。
殴ったり蹴ったりしたらすかさず止めるし、トドを叱り飛ばすし、状況によっては出てくと思う。
でも、私の母は父の暴言からも暴力からも助けてはくれなかった。
母も怖かったんかな、父が。よくわかんないけど。
でも、「殺すぞ」って言われても知らん顔してる母を見て、(そっか、あたしは別におってもおらんくてもいい人間なんだ)って何度も思ったものだ。
誰も庇ってくれない守ってくれないって、とんでもない絶望感。


▼過保護・過干渉
→特に母が…。
高校生にもなったら、友達付き合いとかさ彼氏との時間とかさ、色々楽しい事がいっぱいあるわけで。
でも、すこしでも遅くなろうもんなら鬼電&鬼メール。
これだけ聞くと、「まぁ、女の子の親ならありそうなことじゃない?」と思うけど、その度合が半端ないんですわ。
本当にもうこの家出てやると思ったのは、少し時間が遅くなったときに彼氏が家の前まで送ってくれたんだけど、家の前に父が立ってて「やべ」と思ったときには時遅し。
彼氏の目の前でバチーン!!と思いっきりのビンタ食らったとき。彼氏にはその後フラれるしね。
ビンタ食らったからじゃなくて、それを彼氏のいる前でやられた事にショックだったんだよね、たしか。
母の過干渉は私が大人になって結婚、出産してからも健在。
長男出産時、初めての出産ということもあって実家にしばらくいたが、本当に頭がおかしくなりそうだった。
初めての育児と母の過干渉で本気でノイローゼ一歩手前。
トドは交替制で時間もバラバラで長男の保育園の送迎や面倒をみることができないため、次男出産時も実家へ戻ったが1週間ほどで限界になりすぐに自宅へ戻った。
三男出産時の実家帰省はなし。体力的には結構キツかったけど、気持ちはとんでもなく楽だった!!
現在も母の「あぁしなさい。」「こうしなさい。」としつこい過干渉は続いているが、無理なときは電話もメールも無視で決め込むことにしている。


▼成人式当日、会場近くでバイトをしていた私
→成人式の話も出始めたころ、親に「お姉ちゃんには高い学費出して短大行かせてやったのに中退して、もうお金無いからね。成人式の着物は準備してやれないから。スーツで行けば?」と言われた。
確かにお願いして県外の短大に行かせてもらって寮にも入れてもらって。
お金がかかっているのはわかっていたし何も言えなかった。
スーツで行けばって言われたけど、周りはみんなキレイな振袖にキレイにセットした髪で来てる中、スーツで行く自分を想像すると惨めすぎて”行く”という選択肢は出てこなかった。
結局、当日は成人式会場と目と鼻の先にある大型ショッピングモール内のバイト先で仕事していたのだが、成人式帰りの同級生が来るわ来るわ…。
皆に言われた。
「あんた、何してんの!?」
「成人式は?」
「皆来てたよ!?」
こんときの空しさと言ったらもう…。
【自分でお金を貯めて着物を準備して行けばよかったんだよ】
と自分に言い聞かせてきたけど、親になった今またモヤモヤが。レンタルでもよかった。振袖着て皆と同じように成人式行きたかった。せめて写真だけでも残しておきたかった。
長男・次男・三男がそれぞれ成人式を迎えるときには、絶対ちゃんと袴を準備して送り出してあげようと決めている。





まだまだ書き足らないけど、書いてて胃が痛くなってきたので(笑)ここでやめとこ(゜レ゜)


きっと、ここに書いたような

”親に言いたいけど言えない怒りや本音”
”私は私なんだと認めて欲しいという気持ち”
”私の考えている事や思っている事も受け止めて欲しかったとい気持ち”

が行き場をなくして、イライラとなって子どもに向かってしまっているんですね。


そして今度は子どもに同じようなイライラが生まれ、自分の子どもにまたそれをぶつける…。
こうして親の連鎖は子へ、孫へと続いていくんだと思います。


だからといって、「自分の代でこの連鎖を終わらせないと!!」と思うより、「自分の代、子どもの代…と徐々にこの連鎖を薄めていければいいな」というくらいのニュアンスでいた方がいいらしいです。
イライラOK!!
だって自分だって人間なんだもの!!
でも、イライラしてしまっても、どうしてお母さんはイライラしてしまったのかをちゃんと子どもに説明すること。
そして、子どものどんな姿も受け止めてあげること。
子どもの色んな感情、考え、ちゃんと受け入れて認めてあげること。
そしてそれをちゃんと言葉にして子どもに伝えること。
それがとても大切なんだと思います。




私も親にコレ↑をしてもらっていたら、また違った人生だったのかなー。
もっと穏やかに楽しく子育てできているんだろうか。


まぁ、ここでこれだけ吐き出せたし、なんだか閊えてモヤモヤしてたものがストンと下りた感じはしています。
長々と読んでくれてありがとうございました。
何だかちょっと楽に、今日からまた子どもと向き合えそうです。





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同じようにイライラが止まらない。親の呪縛・・・?という方、ぜひ一度読んでみてください。

マンガなので読みやすかったですよ。
これは共感できるだけで、結構気持ちが楽になりました。